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ウェンティアより緊急連絡:魔王不在でスズが召喚されかかってる
「やっべぇ」
居心地の良い西の果て、もっふもふの毛皮を纏った魔族の背中で昼寝をしていた風の精霊ウェンティアは、大きく目を見開き、がばりと身を起こした。
彼が突然起きて驚いたのだろうごろごろと喉を鳴らすもっふもふは、けれどすぐ静かになって再び微睡み始める。ほんの数秒のことであったが、その間にウェンティアは思考を巡らせ、傍を飛び回る眷属へ指示を与えた。
「お前らすぐにアリシャ、イグ、エテの所に行って、スズが呼ばれてる真っ最中って言ってこい。やべぇよ魔王がいないっつぅのに!」
既に最高位精霊の二体が動いている気配はするが、自分達にだってとるべき対応はある筈だ。逸る気持ちを抑え、スズ――スズィーロ――が召還されようとしている場所を特定する。
「あ?世界を壊したいなんてスズに聞こえる程本気で願うような奴が、この時代に出たのかよ!」
世界の外にいるスズィーロに聞こえるくらいの願いを持つことは、途方もない覚悟や精神力が必要となる。
その力を別の方向に使え!今すぐにでも召還者を叱り付けに行きたい欲求を飲み込み、ウェンティアは世界中からスズィーロの身の代になることができる存在を見出した。
「あぁぁ成る程、条件が重なったのか!どれだけ願ったって、スズ単身じゃここ来れねぇもんな、よーりーにーよってぇぇぇぇ!スズの身の代になれる魔力無しの人間がどうしてこの瞬間に産まれようとしてんだよぉぉぉぉ!」
彼は思わず緑色の髪をわしゃわしゃと掻きむしった。創世神とその対であるスズィーロがこの世界を去って数千年。彼らがこの世界に召還される際必要十分条件である魔王と女神が封印されてから数百年。
いつか訪れるかもしれないと思っていた時が、ついにやって来てしまった。
魔王不在のままスズィーロが召還されれば、この世界は瞬く間に瓦解する。
もっふもふの上でとうとう大混乱に陥ったウェンティア。その思考を止めたのは、彼が先ほど眷属を向かわせた三体だった。
「落ち着け、ウェン」
「そうですわ、こういう時に焦っても良いこと無いですわよ?」
「どう対応するか、指示を貰ってきたからさ」
「イグ!アリシャ!エテ!」
ウェンティアは頭からぱっと手を離し、もっふもふの大きな背中を滑り降りる。
同格である火の精霊、水の精霊、大地の精霊を前にし、彼はひとまず安堵して眷属達を労った。三体がここへ来るまで僅か数秒。あらん限りの力を振り絞って呼んできてくれたのだろう眷属達は、誇らしげにウェンティアの周囲を飛び回ってからしゅるりと姿を消した。
それを見送り、そうして四対の視線が合わさる。
「みんな、呼び出してすまなかったな」
「いいえ、何処かへ集まらねばと思っていましたもの。ウェンが眷属を遣ってくれて助かりましたわ」
「一人で移動するよりも、風の者と共にいる方が早いからな。気にする必要は無い」
「さ、手遅れになる前に手を打とう。ウェン、もう一仕事お願いするよ?」
「おう、当たり前だ!流石にまだ世界の終焉には早いもんな。で、俺は何をすれば良いんだ?」
ぬかりなくどう動くかの指示を最高位精霊二人から受け取ってきたという大地の精霊エテーリアは、穏やかに笑み一歩前へ出た。
「スズの力は、身の代に入り実体を得てから発動する。だから、身の代に入る前に、一時的ではあるけれど封印をすることになったんだ」
「確かにそれしか無いな」
「具体的にどうするんですの?」
水色の髪をふわふわと揺らす水の精霊アリシャに問われ、エテーリアは頷いて見せる。
「うん、まずは身の代の方を一旦保護しよう。身の代はまだ母親の胎内だから、アリシャ、羊水に働きかけて産まれるのをもう少し待って貰って」
「分かりましたわ」
「それからウェン、身の代とは別にこの瞬間に産まれようとしている人間がいる筈なんだ。結構魔力量の多い子なんだけど、見つかる?」
「ちょっと待て……見つけた」
瞼を落とし探ったウェンティアは、すぐにその人間を見つけた。おそらく、身の代である赤子が魔力を持たないで産まれようとしている分、こちらの赤子に魔力を持たせて均等になるよう世界が調整したのだろう。
普通に産まれ落ちて成長すれば、偉大な魔法士として歴史に名を残す可能性を持った赤子。それが存在する場所を全員に共有する。
「ありがとう、ウェン。イグ、手伝って。世界の外から魔力を汲み取る為の管をこの子に通して、スズの力と相殺できるだけの魔力を持たせる。僕が管を作るから、君は炎でそれを補強してくれるかな?」
「分かった」
火の精霊イグニーシャが頷くと、針金のように真っ直な髪はその背中で赤く揺れた。
「いくよ」
エテーリアが柔らかに囁くと共に、その力が赤子に影響を及ぼしたことが伝わってきた。続いてイグニーシャの力が働き、赤子と世界の外が繋がる管が作られていく。
「ウェン、この子の誕生を遅らせるのを手伝って下さる?負担をかけている母体を癒して差し上げたいの」
「おう」
アリシャに乞われ、ウェンティアは彼女が力を奮う先の赤子へ指を伸ばし、そっと包んだ。もしも周囲に精霊魔法を使える人間がいたら、さぞかし驚いていることだろう。なんせ、高位精霊二体が働きかけているのだ。何かが起きていることくらい、流石に悟るかもしれない。
「よし、できた。これで僕が管を塞がない限り、この赤子は人間ではあり得ないほどの魔力を使えるようになった。まあ、スズの封印に全部持っていかれちゃうけどね」
「どちらの赤子も、世界の調整の為に運命を狂わされてしまったのだな……」
「うぅん、それはもう仕方ないと諦めて貰おう。多分、最高位の二体が便宜を図ってくれると思うよ」
生真面目な火の精霊は、赤子の行く末を思って眉を顰めた。そんな彼女の髪をそっと撫でて慰めるも、大地の精霊はそういうものとして割り切り次の作業へ移る。必要以上の影響を与えないよう、さっと赤子から自身の力を回収した。イグニーシャが赤子へ祝福の口づけを落としたのは、見て見ぬ振りをする。
「さて、僕らは最後の仕上げをしよう。ウェン、アリシャ、身の代から手を引いて良いよ」
「分かりましたわ」
風の精霊が赤子を抱きしめる力をそっと消し、水の精霊も母体から力を回収する。彼女もイグニーシャと同じように、赤子へ祝福の口づけを残した。
「あとはスズの封印だ。これは全員の力を均等に練って行うから、過不足ないよう気をつけてね」
「ええ」
「無論だ」
「任せとけ」
頼もしいことだとエテーリアはくすくす笑い、それからスズィーロが召還されようとしている場所へ力を伸ばした。三人も追うように力を重ね、封印の為に紡いでいく。
縦に、横に、柔らかく包むように編み込みながら、全員がスズィーロへ伝えた。もう少しだけ、おやすみなさい。
それを受け、四人の力の中心で、スズィーロは微睡みの底へ落ちていった。
高位精霊達が施した封印は、虹色に輝く石となった。アリシャがその石をそっと額に押しつけて何か囁き、それからエテーリアを窺う。
「エテ、これは魔力量を許容いっぱいまで増やした赤子の元に?」
「ああ。僕らがしたのは、あくまでも最初の封印だけだ。持続させるには、膨大な魔力を注ぎ続けなければいけないからね」
「アリシャ、スズは俺があっちの赤子に握らせとくから、身の代の方を見てやれ。無事に産まれたか?」
「……ええ、産まれたみたい。ふふ、お母様が泣いて喜んでいるわ。魔力の無い人間の特長が出ているのに、そんなのきっと関係ないのね」
アリシャとウェンティアが肩を寄せ合って微笑み、それを見守る二体も穏やかな表情を浮かべた。
世界の理である彼らは、必要以上にそこで生きる者へ干渉してはいけない。
そして今回の行為は、明らかな過剰干渉だった。
その負荷が彼らを蝕み、四体は足下から解けるように消えていく。
「あーあ、次に起きれんのはいつだろうなぁ。世界壊れるよりはましだけどよ」
「今回はみんな一緒ですもの、寂しくないわ」
「赤子達やスズを見守ることができないのは心残りだが……光のと闇のに任せるしかないな」
「そうだね。それじゃあおやすみ、みんな。きっと、魔王が起きるなりどうにかスズが外の世界へ帰ることができれば、僕らも戻って来られるはずだから」
風の精霊がじゃあなと手を挙げ、水の精霊がひらひらと掌を揺らす。火の精霊は律儀に礼をし、大地の精霊は笑みを濃くして首を傾げた。
きっと瞬きするくらいの時間だろう。
再会を約束し、高位精霊四体は音もなく消える。
周囲を彼らの眷属が取り巻き、そして去っていった。
こうして世界の終焉は、先延ばしにされたのだ。
***
自分で登場してる彼らの名前忘れちゃうので整理。
世界の外にいる:スズィーロ 魔王がいないまま召喚されると世界が壊れるらすぃー
世界の中にいる:
●最高位精霊 光の精霊と闇の精霊(イグちゃんが、光の・闇の、と言っているのは彼らのこと)
●高位精霊
・風の精霊ウェンティア(ウェン) 一番適当。男性の外見。
・水の精霊アリシャ 一番おっとり。女性の外見。
・火の精霊イグニーシャ(イグ) 一番堅物。女性の外見。
・大地の精霊エテーリア(エテ) 一番面倒見がいい。男性の外見。
人間は彼らを精霊王と呼んだり呼ばなかったり。世界の理に近いらすぃー
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