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彼女はいつだって唐突だ。
抱っこ
「イバラ」
「はいはい?」
散歩の途中に寄った公園でのことだ。
名前を呼ばれて振り向けば、両手を軽く広げ、僕の方に突き出した体勢のマリがいる。
はて、と首を傾げたら、腕を揺すって見せられた。
よく分からないけど、とりあえず近付いてみる。
凪いだ黒い瞳を覗き込んで、なぁにと問えば、予想外の返答があった。
「抱っこ」
「・・・・・・は?」
「抱っこして。正確に言うと、小脇に抱えて」
「・・・・・・は?」
華奢に見られがちなこの体だけれど、正真正銘吸血鬼だ。それくらい簡単にできる。
彼女もそれを見越して、腕を伸ばしているのだろう。しかし、動機が分からない。動機が分からなくとも小脇に抱えることは出来るが、気になるものは気になる。
はて、ともう一度首を傾げて見せた。けれど彼女は心なしか瞳を輝かせて僕を見上げてくるばかりだ。なんていうか、期待に応えられればまぁいっか、と思ってしまう。
彼女の右に立って左手を腰へ回し、よ、という小さな掛け声と共に持ち上げた。
ごそごそと居心地の良い場所を探す反応がある。肉も筋肉もあまり無い腕だから、内臓を潰したり肋骨にあたったりすると痛いだろうな、なんて思った。この瞬間限定で腕をふにふににすることなど出来ない僕は、彼女の望むまま立ち尽くす。
「うん」
漸く満足のいく体勢になれたらしい。力を抜いた腕を垂らし、地面に足が着かぬよう膝を曲げ、僕の腕を胸の下辺りに通し、彼女は息を吐いた。
「歩く?」
「うん。落とさないなら跳んでも良いよ」
鷹揚に頷き、ゆっくり歩き始める。彼女は膝をぱたぱたと動かした。ご機嫌のようだ。
要望に応えて、軽く跳ねるように走ってみた。嬉しそうである。
調子に乗って、長めの跳躍。近くにあった太めの木の枝に着地すると、さわさわと葉が揺れ落ちた。その様子を視線で追っていた彼女は、もっと、と強請ってくる。
「人に見られちゃうから、また今度、夜にしよう?」
「・・・・・・分かった」
しょんぼりした彼女をお姫様抱っこして、地面へ軽やかに着地。
今ほど吸血鬼で良かったと思ったことは無い。
「イバラ、ありがとう」
「いえいえ、どういたしまして」
よし、チャンスだ。
この流れで、先ほどから気になっていた動機を聞いた。
「マリ、どうして小脇に抱えて欲しかったの?」
「・・・・・・嫌だった?」
「ううん、全く。おんぶも抱っこも肩車もなんでも出来るのに、何で小脇に抱えて欲しかったのかなって」
そう聞いてから、しまった、と思った。
彼女の育ってきた環境を鑑みるに、幼少期、誰かにおんぶや抱っこをされた経験など殆ど無いだろう。もしかすると、小脇に抱えられるのが普通と思っているのかもしれない。
昔のことをあまり話したがらない彼女に対し、この質問は失敗だった。
そこまで考えた僕は、あわあわとみっともなく両手を動かして、いややっぱりなんでも無いと懸命に伝える。
しかし、彼女はおもむろに口を開いた。
「米俵の気持ちになりたかったの」
・・・・・・よく、分からない。
何はともあれ、近日中に彼女を小脇に抱え、夜の街を飛び回ることは決定のようだ。
米俵の気持ちはよく分からないけれど、その散歩はとても楽しそうである。
2012.5.31.
ライダーさんの小脇に抱えられたい欲望がこのような形になりました。
ごちそうさまでした。
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