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血不足
ヒバリが倒れたのは、仕事帰りのことだった。
座敷童子が家出をしたから探して欲しい。その依頼を受けたのは、三日前のことだ。
遠い街まで足を運び、ゲームセンターで阿呆みたいにメダルを稼ぎまくっている座敷童子を見つけるまでは良かったが、その後が大変だった。
まず逃げ足が早い。体が小さいから小回りもきき、追跡するのに一苦労だ。
更に、持ち前の幸運が奴の味方をする。あと一歩の所で突然トラックが走ってきたり、変なキャッチに捕まったり、警察官に職務質問された。
……自業自得な気もするが、気のせいである。
ヒバリと綿密な計画を立て、もう逃げ道が無いという所まで追い詰め、ようやく捕まえたのが今朝方のこと。
仲介人の遣いに身柄を渡し、始発に乗って家路を辿り始めた時、電池が切れたようにヒバリが倒れた。
「大丈夫か?」
「……すみません、ちょっと、ダイジョブじゃないです」
へらりと笑うその顔は、色を失っている。
ああ、空腹か。思わず眉をしかめると、ごめんなさいという細い返事があった。
「……いや、俺の不注意だ」
吸血鬼になってから、ヒバリは一度も人間の血を啜ったことがない。「子」である以上、人間を吸血鬼化する力も死に至らしめる毒も持っていないが、元同族の血を啜るのは抵抗があるのだろう。
「親」が「子」の血を啜っても、もう腹が満たされることはない。
しかし、逆は可能だ。だから、ヒバリには常に「親」である自分の血を与えていた。
「遠慮は要らない、燃料切れになる前に言え」
遠慮があるらしく奴から求めてくることが無い上に、ここ数日間の忙しさで与えることを失念していた。自分の不注意に舌打ちをしたくなったが、堪える。
そのタイミングでホームに電車が滑り込んできた。
朝早い時間とあって、席はがらがらだ。
崩れ落ちそうになるヒバリの体を支えて乗り込み、車両の一番端にあるボックス席へ座らせた。隣に腰掛ければ、力の抜けた体がずるりと寄り掛かってくる。
「今の内に飲んでおけ」
「でも、」
「誰も見ていない」
目の前のシートは空、疎らに埋まる他の席の人間も、周囲に気を配ってなどいない。
たてていたコートの襟を折り曲げ、ヒバリの口元に首筋を差し出した。
躊躇いがちに、唇の近付く気配がする。
舌先が皮膚を掠めた。一瞬後にぷつり、牙が突き刺さる感触がする。
横目で見下ろすと、幾分身長の低いヒバリは体を伸ばし、喉を仰け反らせながら血を啜っていた。こくりこくりと動くその様に、ため息を吐きたくなる。
「ヒバリ、髪がくすぐったい」
そう告げると、奴の指が首の近くで動く髪を退けた。ほぼ無意識の内に行われたらしい動作に、我を忘れて血を啜るなどどれだけ腹が減っていたのかと呆れてしまう。
それにしても、えらい勢いで吸われていた。
ヒバリが満足して離れる頃、今度は自分の腹が減っているのではないか。
ふと心配になったけれど、どうにかなるかと思い直し、重い瞼を下ろした。
次の乗換えまで、まだまだ時間はある。我に返ったヒバリに起こされるまで、このまま寝てしまおうか。
がたん、ごとん。電車の揺れは妙に心地よく、意識は静かに落ちていった。
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