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花屋で見つけたジャック・オ・ランタンを手土産に、女は実家を訪れた。
相変わらず何処か余所余所しい空気の中を泳ぐように歩く。
実家であるのに他人の家のような感想を抱く自分に呆れて苦笑していると、ふと廊下の向こうから幼い姪が歩いてくるのに気付いた。
きちんと梳いた黒髪に守られた顔は俯いている。
何かあったのかしら、笑うと可愛いのに。などと暢気に考えている内に、距離はぐんと近付いていた。
ひとまず手を振ってみようかと思った矢先、自身が抱えるファニーフェイスの南瓜に気付く。
割と大きく良い出来のそれで脅かしてやれば笑うだろうか。
そんな悪戯心にせき立てられた女は、それに従い、ばぁ、という何とも間抜けな声と共に姪の目の前へジャック・オ・ランタンを突き出したのだ。
びくり。
驚きに跳ねる小さな肩は続いて、小刻みに震えだす。
南瓜を凝視する眼はしっかりと笑んだ目の形に掘られた部分に縫い付き、そのまま泣きそうに歪んだ。
しまった。笑わせるどころか泣かせてしまう。
女は不味いと心の中で相当焦った。
が、姪はいつまでたっても泣き出さない。涙をこぼす寸前の表情で固まり、ぐっと唇を噛んでいたのだ。
「…まりあ?」
再び跳ねる肩。
名前を呼ぶ声でようやく伯母の存在に気づいた姪は、ひどくゆっくりと南瓜から女の顔へ視線を移し笑おうとした。
「おばさま、こんにちは」
拙い声が挨拶を告げる。
だから女も、大人として、見本として、きちんと挨拶を返すべきだった。
「まりあ」
けれどそんな道徳感は無視し、南瓜を脇に置くなり姪と視線を合わせるべく膝を床へつく。
そっとぷっくりとした頬を両手で包み込んでやると、再び小さな体が震えた気がしたのは気のせいか。
「怖かったり驚いた時は、我慢しないで泣いても良いのよ?」
真剣な顔でそう諭す自分がひどく大人げないと思った。
あらやだ、そんなに驚かせちゃったかしらごめんね、そうやっていつもなら茶化すのに。
けれどそれ以上に、生まれた焦燥感を無視できなかったのだ。
幼稚園に通いだしたばかりの幼さで感情を抑えようとするなど、どう考えたっておかしい。
感じるままに笑い泣く事を知らないのではないかと思わせるつぶらな瞳に、女は言わずにはいられなかった。
「我慢するよりその方が私は楽しいと思うわ。それから、驚かせちゃってごめんなさいね?」
怖がらせてはいけないと思い表情を緩めて告げれば、姪はほっとした顔でふるふると首を振る。
「わたしも下をむいていたから、おばさまに気づきませんでした。ごめんなさい」
「いいのよ。それにしても、まりあは怖がりなのねぇ」
はい、と恥ずかしそうに笑んだ姪に安堵した。
そう、それで良い。世界平和の為にも子供はそうやって笑っているべきだ。
お詫びにこれをあげるわね、と言って紅葉の掌へ飴を握らせてやると、ありがとうございますと更に笑みは深まった。
それではしつれいします。
丁寧に辿々しく礼をしてから歩きだす背中は良家のお嬢様として恥ずかしくないものだ。
けれどそれを見送る女の胸の内に、不安が渦巻き始めた。
大丈夫かしら、お父様にきつく叱られたりしていなければ良いけれど。くるくる頭を悩ませてはいるものの、結局はこの家を出た自分に出来る事など無いに等しい。
ならばせめて、この家に来た時位は姪の様子を見ようと心に決め、女は再び南瓜を抱えて歩き出す。
ジャック・オ・ランタン
数年後、そんな自分の甘さを後悔する事になるとも知らず。
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